大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(う)909号 判決

被告人 中山政男

〔抄 録〕

原判決の罪となるべき事実の第六には、被告人が「前記第三記載の日時ころ、道路標識により、その最高速度が三〇キロメートル毎時と指定されている、前記第三記載の番地付近道路において、その最高速度を一八キロメートルこえる四八キロメートル毎時の速度で、大型貨物自動車を運転して進行し」た旨記載されていて、これを同第三の記載に照らすと、右日時場所は昭和五六年二月三日午後四時二六分ころ、茨城県下妻市大字江一、五八三番地付近道路となるところ、原判決が右事実の認定の用に供したものとして挙示する関係証拠によれば、被告人は同年同月二七日午前八時四一分ころ、同県結城郡石下町大字左平太新田三四七番地付近すなわち同第五記載の日時場所において右犯行に及んだことが明らかであり、そうとすると罪となるべき事実第六につき前記のように認定した原判決は重大な事実誤認の違法を犯したものであって、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

もっとも、被告人に対する昭和五六年三月二七日付追起訴状によれば、これに記載された公訴事実の第四には前示した原判決の罪となるべき事実の第六の記載と全く同文の「前記第三記載の」とする記載があり(なお、同公訴事実の第三は原判決の罪となるべき事実第五と同文である。)、このことからすると、原判決の罪となるべき事実第六の前記記載は、右追起訴状の公訴事実の第四中に「第三記載の」とあるのを「第五記載の」と訂正することなくそのまま引用したことによる明白な誤記と見得る余地もないではない。しかし、判決書に明白な誤記があるというためには、判決書自体又は記録に照らし、少なくとも当該記載が単なる表現上の誤りであることが明らかであるとともに、判決裁判所の意図した記載が一義的に明確であることを要すると解すべきところ(最高裁判所昭和五三年六月一六日第三小法廷決定、刑集三二巻四号六四五頁参照)、記録によれば、本件において被告人は三回にわたる普通乗用自動車ないし大型貨物自動車の無免許運転及びその際のはみ出し通行禁止違反や速度違反について起訴され審理を受けていたのであるから、原判決の前記記載は原裁判所が日時場所についての事実を誤って認定したことによると疑うべき余地もあり、従って単なる表現上の誤りであることが明らかであるということはできないし、原裁判所の意図した記載が一義的に明確であるとすることもできないから、原判決の前記記載を明白な誤記と解することはできない。

(千葉 香城 植村)

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